※メモ帳からコピペしております
18歳、鬱病になり、高校を中退し、床ずれが起きてもおかしくないほどに寝たきりの生活を送っていた歳。青春真っ盛りな周囲の声に耐えられず、すべてのSNSを遮断し、ほぼ独居老人のような生活を送っていた。しかし匿名性が高いTwitterは例外で、暇を持て余していた私は気づけば千単位のフォロワーを獲得していた。暇人の極みである。青春と引替えに得るには、いささか無意味なものであったが、毎日自虐を込めて自堕落で孤独な生活をひけらかしていた。1年後には消えるアカウントだったけれど、その一瞬は私が本音で他人と繋がりを持てる唯一のツールだった。
最初はただ、文章が綺麗だなと思った。理路整然としていて、簡潔でありながらブラックなユーモアも兼ね備えている。思わず指が伸びていた。ネット上でも臆病者の私は滅多に自発的に誰かをフォローすることはなく、緊張していたのを覚えている。その後すぐにフォローが返ってきたのが、私たちの始まりだった。
それからしばらくして、会うことになった。Twitterで出会った他人とオフで会うことは初めてで、(実際この人が最初で最後である)さらに当時私は摂食障害も患っていたこともあり、顔を見られないようマスクにサングラスという不審者コーデに身を包んで、待ち合わせ場所へ向かった。
高崎駅のだるまの前で、長い前髪の隙間から几帳面そうな顔が覗く、背の高い男性が本を読んでいた。
「本当に若いんですね。」
彼の第一声は驚いた表情の割には落ち着いて聞こえた。
私はサングラスが逆に目立って仕方がなく思えてきて、すぐに外し
「まぁ、はい。」
と素っ気なく返事をした。
適当なチェーン店に入り昼食を済ませ、ようやっと目的のため出発した。
その日、私たちは心中記念の遺影を撮りに行った。
彼は22歳の大学生で、小説家を志していた。アルバイトを掛け持ちし、年の離れた幼い妹を亡くなった母の代わりに面倒を見ることになったため、2留にリーチをかけていた。
私たちは、性別も年齢も生活圏も何もかも違ったが、希死念慮に蝕まれインターネットの隅っこで静かなSOSをあげるしかできない小心者という共通点があった。まぁ、わたしの知る彼の情報はそれぐらいで、お互い寡黙な性格だったので実際彼がどういう人間かそれほど知らないのだが。
語らなくとも、私たちはお互いが自殺志願者であることにとっくに気づいていた。もうどちらが先に「じゃあ一緒に死ぬ?」と提案したのかも覚えていないぐらい、それは自然な約束だった。
駐車場がやけに広いホームセンターでインスタントフィルムカメラ、七輪、ガムテープを買った。ついでにと彼はお弁当用のカップを買い「妹のお弁当用のが、もう無くてね。」とにこやかに微笑んだ。
君が死んだら、妹はついぞひとりぼっちだね。
なんて言葉を飲み込んで、ガラガラとうるさいカートを押した。
心霊スポットランキングの下位に時たま載っている群馬の山道をのぼり、適当な場所に駐車した。運転中、私たちはゾンビがいる世界だった場合、先程のホームセンターで何を武器にするかの話で盛り上がった。車を停めてからは何も話さず、黙々とお互いを何枚か撮り合い、山からの景色を見ていた。
写真の現像や煉炭の調達は彼に任せることになり、その日は解散となった。
結局、その後何回か会ったものの私たちの約束が果たされることは無かった。
最後に会った日、彼は
「まいちゃんにはもう少し生きて欲しいよ。僕が死んだら妹のお弁当作る人がいなくなっちゃうしね。元気でね。」
と眉毛を八の字にして言うので、私も
「そうだね。」
と一言返すしかなく、すぐに車から降りた。
七輪とガムテープは置き場のない彼から譲り受け、実家の倉庫の奥にしまった。
ひどく裏切られた気分だった。約束を守らないことも、小説家志望の癖に生きて欲しいなんてチープな言葉を使うことも、子供のイタズラに付き合っている大人のような顔をすることも、なにもかもが許せなかった。当時本当に私は子供だった。今思えば、精神疾患や摂食障害の辛さから選民思想に陥り、私は彼を自己承認の道具にしていたのだろう。そして彼もきっと、そんな私に気づきながら付き合ってくれていたのだろう。
そうやってお互いの傷を舐めあっていただけだったけれど、当時の私には心中の約束が生きるよすがだった。もしかしたらそれにも気づいてごっこ遊びに付き合ってくれていたのかもしれないね。
そして私はまんまと、ダラダラ惰性で生き続け、気づけば春から社会人である。平々凡々な日々でありながらも、数少ない友人との交流や趣味に明け暮れ充実した生活を送っている。最近は好きな男の子もできた。
あの日、あの約束を果たさなくて、良かったと思えるようになった。君と一緒に死ぬ約束を越えられるような、なにかが胸に湧く死に方を探しながら生き続けてきたけれど、今ではもう、君に会いたいと思わない。
遠い風の噂で、結婚したと聞きました。ご結婚おめでとうございます。まぁもしバッタリ会ったりしてしまったらお祝いをさせてください。
次はどう死ぬかじゃなくどう生きていくか、君の夢や好きな物を聞いておこうと思います。